2020年4月22日水曜日

「奄美の債務奴隷ヤンチュ」についての備忘録


奄美の債務奴隷 ヤンチュ」という本を読んだので個人的な備忘録として概要と気になった箇所をまとめておくものです。




〇「ヤンチュ」とは
 漢字で「家人」。古代における賤民身分の奴卑に近く、地方豪族や豪農に隷属する下人のような人々を指す。(P35)


〇 このような人々が発生した経緯
 1609年(慶長14年)、薩摩藩は奄美諸島に侵攻しこれを侵略。当初は自立小農民の育成に重点を置き稲作を主とする政策を取ったが、奄美特産の砂糖が大阪市場などで高値で売れたため、年貢を今までの米から砂糖に代える「換糖上納制」を1745年(延亨2年)から実施。生産された砂糖は農民の手元に残ることなく全て薩摩藩に吸い上げられていく。

 天災や病気など不慮の事故で規定量砂糖を納められなかった農民は豪農から借りてこれを納めるしかなく、どんどん借財が増え、最終的にヤンチュとして自身を豪農に身売りするようになった。幕末には奄美大島の人口の2~3割がヤンチュだったとされている。(P38、P49)


〇 ヤンチュ転落への典型的ロードマップ例


 Aさん一家に藩から三反の土地が割当てられる
 ⇩
役人がやってきて一家に与えられた土地を検分し、「今年の上納量は六百斤ね」と決めていく
ところがその年は台風が数多く襲来し収穫が減少、砂糖は四百斤しか作れず
一家は仕方なく近くの豪農B氏に相談して不足分の二百斤を年三割の利息で借りようやく上納
ところが台風常襲地帯である奄美のこと、不運にもサトウキビは翌年も不作、再度豪農B氏より不足分を借りることに。さらにその翌年も台風が・・・
気づけばB氏への借財は膨大な量に膨れ上がり、すでに自力返済は困難な一家は万策尽きて藩庁に届け出を出し、自身の「売買証文」を書いてB氏のヤンチュとなるのでした(完)。(P70)


〇 一生豪農の所有物
 自身の負債を完済すればシステム上一般百姓(ジブンチュと呼ばれる)に戻ることが出来たが、場所によっては年利七割から七割五分という高金利が横行していたため、一度ヤンチュに身を落とすと元に戻ることは出来ず、そのまま一生を終える人がほとんどであった。ヤンチュは物として扱われ、豪農間での売買も自由だった。
 ヤンチュ同士の子、あるいは女ヤンチュの私生児は「膝(ヒザ)」「膝生(ヒザオイ)」「膝素立(ヒザスダチ)」とよばれ、生涯無償でヤンチュ身分のままであった。(P68、69)


〇 ヤンチュ札
 
 ヤンチュになるとヤンチュ札と呼ばれる、名前や住所や「身代糖 何斤」のように負債の量が書かれた札が発行され、これを豪農が所有していた。この札の所有量が豪農の証とされた。(P73)


〇 ヤンチュの食生活
 薩摩藩はサトウキビの単作を強制したため、島民らは保存食となる米や芋を作ることが出来ず、ひとたび飢饉が起こると草の根や海藻しか食べるものがないという状態に陥る。1755年(宝歴5年)の凶作時には徳之島の島民三千人が餓死する事態が発生した。(P51)

 ヤンチュに限らずほとんどの島民は白米を口にすることはなく、大半が蘇鉄(ソテツ)粥であった。蘇鉄粥とは、蘇鉄の実やその幹から取ったでんぷんにわずかな米粒が入った粥のこと。蘇鉄のでんぷんだけでできた「ドガキ」を食べる人も多かった。味噌汁のようなものが食されるのは稀で、芭蕉の幹の芯を丸切りした具を海水で味付けしたものが主であった。こんな食べ物でも早く食べないと無くなってしまうのでヤンチュたちは争うように食べていた。(P92、93)


〇 貨幣の流通停止と余計糖
 薩摩藩は砂糖の密売が出来ないように貨幣の流通を停止、奄美島民は商売を営む権利を剥奪され物々交換を余儀なくされる。

 島民が必要とする食料や日用品は、上納する砂糖の余剰分(「余計糖」と呼ばれる。例えば上納量が300斤でその年に500斤作れたら残りの200斤が余計糖となる)に応じて藩から手形が発行され、この手形によって支給されるという仕組みであった。ただ、支給といっても自身の生産した砂糖と交換するわけだから実質有料なうえ、薩摩藩は一般的な価格より何倍何十倍も高い金額を島民に提示していた。

 例を挙げると、かつお節十貫は約92倍、塩四斗が28倍、米一石でも6倍。薩摩藩はそこから大変な利益を得ていた。なお、薩摩藩は五百万両という当時としては天文学的な借財を抱えており、この返済に躍起になっていたという背景がある。 (P59、60)

砂糖との交換レート表




〇 各種刑罰
 ・役人に従わない者 ⇒ 道路修繕等の科料
 ・砂糖の製法粗悪な者 ⇒ 首枷足械の刑
 ・サトウキビの刈り株が高い ⇒ 村中引き回し
 ・砂糖の密売 ⇒ 死刑もしくは島流し (P60)

 

今度黒糖を口に入れるときはこのことに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。