肉 (原題:We Are What We Are)
登場人物は、色が白い美人姉妹、左から「アイリス・パーカー」「ローズ・パーカー」
後ろの明らかにヤバそうな顔をしているおじさんが彼女たちの父親「フランク・パーカー」
その他有象無象のみなさん。
(ローズ・パーカーの日本語吹き替えが豊崎愛生だとWikipediaに書いてあって、死ぬほど驚きました)
二人の目の前に置いてある料理、気持ち悪い見た目をしていますね。何なんでしょうね。
【内容】
舞台は仕事も全く無いようなとある田舎町。
姉妹の母親が大雨の中、買い物に出かけました。その帰り道、車に乗り込もうとしたときに、病気か何かの発作で、いきなり血を吐いてぶっ倒れます。非常に運の悪いことに、倒れた時にパイプに頭をうち、意識が朦朧としたまま深い水たまりにダイブ。かわいそうなお母さん・・・このまま溺れて死んでしまいました。
「発作で倒れる→偶然そばにあったパイプに後頭部強打→ちょうど近くにあった溺れられるサイズの水たまりにはまってしまう→あえなく溺死」という流れ、画面右上にコンボ数を表示したらいいのでは
お母さんが亡くなってしまったという知らせはすぐに家族のもとに届きます。粛々と葬儀が執り行われ、一家は悲しみに包まれます。
この何の変哲もない普通の人達に見える(と言い張っておく)パーカー一家ですが、実は彼らは代々儀式的に食人を行う一族でした。こっそり人目の付かないところで人間を拉致、自宅そばの洞窟のようなところに監禁。"子羊の日"と呼ばれる日が来ると、殺してバラして人肉シチューにしてしまいましょう、というようなことを日常的に行ってきたわけです。
仲睦まじい家族団らんの図
そんなことしてバレないのか!?とお思いでしょうが、これがバレてないんですね。なぜなら彼らは人骨を土の中に埋めていたからです。そりゃあ見つかんないわ。どうやっても発見不能ですね。
ちなみに、この田舎町では過去20年間に3人、範囲を約50kmくらいに広げると30人くらい行方不明者が出ているようなんですけど、この家族とはなんにも関係無いですね。あるわけがない。
実際の所、「こっそり犯行を繰り返していたからバレてなかった」「あまりのこっそりさに警察も全く気づかなかった」と片付けるしかないのですが、ここに来てそうも行かなくなってきました。先日の大雨で川が決壊、土砂が流され、埋めた人骨も一緒に出てきてしまいます。そうこうしているうちに、川から流れてきた人骨を街の医者「バロー医師」が発見。彼もこの20年間に起こった行方不明事件の被害者で、娘が姿を消してしまっています。また、パーカー一家とは旧知の仲でした。
優しそうなおじいちゃん的風貌のバロー医師。ポール・クルーグマンっぽい顔だ。
バロー医師は、たまたま家の裏で見つけた骨を、これは人骨なんじゃないのか!?と思い始め、独自に調査を開始、パーカー家の秘密、行方不明事件の真相、そして愛する娘がどこへいなくなり、どうなってしまったのかを知ることになるのです・・・
【感想】
食人映画というのは知っていて、「あー、人を食いまくったりするやつなのかな」と思っていたら、そこまでグロテスクなシーンもなく、予想に反してすごく地味な映画でした。でもこの場合の地味は悪い意味での「地味」ではなくて、静かに流れる時間の中で、家族の関係であったり、姉妹の悩みや葛藤、父親の信仰の篤さゆえの狂気、行方不明事件がだんだん明らかになっていく様子などを抑えたトーンで描いた良さという意味での地味さです。そしてこの地味さが、ラストシーンへの導火線となっているような気がします。この地味さがあるからこそラストシーンが爆弾のように効いてくるような構成です。全編通して二人の姉妹は色々なことに悩み、悲しみ葛藤するわけですが、それが一気にラストで爆発して、タイトル通り「これが私達なの」ということを突きつけてきます。人によっては「ダラダラしていてあんまり盛り上がりのない映画」と感じたりすると思いますが、僕はその盛り上がりに欠けるところ(いい意味で)がこの映画の好きなところですね。
以下は好きなシーンのスクリーンショットです。
監禁した人間を殺し、その際に浴びた返り血を二人で洗い流す姉妹。血塗れた石鹸がいいですね。
アイリスが仲睦まじい男性と、屋外で仲睦まじく情事を営んでいると、父親が斧で男性の頭をカチ割りに来たところです。どうせなら男性が一人になったところで殺してあげればいいのに・・・。アイリスは家に帰ってローズに泣きつくくらいのショックで済んでいます。どうなっとるんだ。
大雨により川に流れ出してきてしまった人骨を見つけ、慌てて回収するフランク・パーカー氏。
あまりに流れてくる人骨が多いので観念したのかもうだめだと悟ったのか絶叫するフランク・パーカー氏。
すごく地味だけど、すごくどしっとくる映画なので是非見てみてくださいね。